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2008年2月29日 (金)

深めるということ

誰が決めたのか知らないけど深めることはいいらしい。探求というのは素晴らしいらしい。

探求した結果良くなるというらしい。

数学者でも八百屋でも音楽家でも教師でも探求した結果何かがあるらしい。

それぞれ違うことやって違う深みがあるというけど本当なのか?

いずれにせよ同じだろうけど、その個別個別の手段によって探求されることはないだろう。

探求したからといって感じなきゃしょうがない。

感じるものというのは個別の手段によるものではないだろう。

身体全身に来るじわじわ感である。それは、数学をやっても八百屋をやっても音楽をやっても教師をやっても得られるものではない。

おそらく地磁気という物理作用である。

この作用によって有害な宇宙放射線がカットされるという。

地磁気という教師信号である。

地磁気という束縛によって自由な気分になれる。

適度な地磁気が人間にとって不可欠なアフォーダンスである。

そういう作用がない中、何をやっても生きた心地がしない。

レントゲンを受けた後のような気だるさに襲われる。

地磁気の代替として数学とか音楽が活用できるのかというとどうも違う。

何故学力低下が起こるのか?という話も、ハングリーがないとか、お互い低学力だから意欲が沸かないとか言われるが、所詮地磁気不足とか有機揮発物質の充満のためだろう。

幾ら深みを追求してもあのジワーッとした感覚が欲しい。

ピップエレキバンを全身に張ったときの気持ちよさといわれる。

一度やってみるか。

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2008年2月28日 (木)

理解すること

俺がこれだけ一所懸命に説明を繰り返しているのに、読もうとしないし理解しようとしない、失礼だ、けしからん!という人がいる。

その無礼を一所懸命こらえて、俺は寛容だ!と陶酔されていることもある。

気持ちは判るけど、違うような気がする。

そもそも自分の書いた文章をすべて自分の思惑通りに伝わることはない。色々解釈されて自分の意図したことと違うように取られることもある。

あるときまでは、非常に腹を立てたが、最近は楽しむようになってきた。

こういう風にとられるのか、こういう曲解もあるのか、色々パターンがあって面白い。

その人の立場とか思惑とか利害関係とかあって、色々な理解がある。

無論、ど真ん中ストライクのように理解していただける方もいて胸がジンと熱くなることもある。

そういうことをメタに捉えると面白い。

ブログの醍醐味というのはそうではないか?

違和感を覚えて突込みが入れたところ、もろメタに高みから突っ込みを総括的に語られることもあるし、いや違う俺が正しい!と跳ね除けるケースもある。

「主観的体験」、「好き嫌い」は、メタに総括されるし、

「不確定性」とか「未知なることの憧憬」、「変化」、「進化」に関する突っ込みは頑として突っぱねられる。

ニヤニヤするときもあれば冷や冷やすることもある。

こういうことを沢山蓄積しておけばきっと将来役に立つはすだろう。

ということで、お手柔らかに。

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2008年2月27日 (水)

地磁気欠乏症

大陸や神社仏閣、大阪京都に赴くと元気が出るのは、そこは地磁気が多いからといわれる。

地磁気は、赤道近くが一番弱く、緯度が高くなるほど強くなるらしい。たぶんばらつきはあるだろうけど一般的にそういわれているらしい。

赤道近くのバリ島では地磁気が強いというのか?

地磁気が強いと元気が出る。当然食欲が出る。もりもり食べて大きくなる。

高緯度地域には大柄な人が多くて南方は小柄な傾向がある。

地磁気と関係しているのか?

日本は地磁気が弱い国らしい。

太平洋プレートと大陸プレートの境目でプレートが沈み込んでいてマントルが対流する内部までの距離が遠い。そのためなんだろうか?

関西と関東では関西のほうが強そう。意識がしゃきっとする。

意識の問題は、地磁気の強弱に拘るのではないか?

これで100ノーベルかな?

一時期600ノーベルまで増えていったが、最近100まで減った。

その差分の500ノーベルが地磁気との関係なのかもしれない。

誰かがそれを発見した人にあげればいいのだけど、ないだろうな。

判る人は判る。シンボル化されていなかっただけの話かもしれない。

全国に地磁気地図があればいいのにな。

強いところに人が住む傾向になるだろう。

でもそうではないらしい。

地磁気が強すぎると頭痛がしてダメな人もいるらしい。

それぞれ身体の大きさにあった地磁気の強さがあるのだろう。

大きい人は強めの地磁気。

判らなかったね。

磁石のそばにいて気分が高まるという意識はなかった。

でも金属のそばにいると高揚するのは10年以上前から気付いている。

地磁気ねえ。

地磁気欠乏症だったのか。

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2008年2月26日 (火)

いい仕事とは

世の中複雑で何が起こるか判らない、まったくだというのが最近の世相だが、なんとなくそうだね。

じゃあこの複雑な世相を理解したり解明しようとするのが普通考えることである。

これらを解明することが最高の仕事だと思うのが普通だろう。

しかし違う。

逆により複雑なことをより複雑にすることが求められている。世の中の仕組みはそう簡単にわからないよ、という隠蔽工作をするのが一番偉いのである。

いい仕事していますね、というのは大勢に悟られないようにすることである。

誰かが悟ろうとすると、こりゃやばいぞ、と大慌てしてどう煙に巻くか必死に考える。誰かがその隠蔽方法を考えたら、やったじゃないか、出かしたぞ!と周囲から大賞賛を受ける。

これがまさしく、いい仕事である。

組織の論理。

自分たちだけ知っていて皆が知らない。おかげで成り立つ。

永劫に知られてはいけない。

隠蔽工作こそが最大の仕事。組織人なのである。

誰がこういうルールを作ったのか知らないが暗黙のルールとなっている。

憲法にも法律にも書いていない。

知らないうちにルールが出来上がって皆が遵守する。

これこそ自然法というのか?

誰も政策立案する必要もないし条文化する必要もない。

こういうことに気付くか気付かないか大きく左右するんだな。

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2008年2月25日 (月)

学歴より大切なこと

誰がどこの大学を出たとか出ないとかの話をしていた。

そんなの関係ないのではと思った。

大学で学ぶべきことって親とか家族、親戚の人がみっちり教えればいいじゃないかと思う。わざわざ高い金払って塾とか大学に行かせるより、それぞれの科目のエッセンスを手短に教えて後は自分で自発的に学ばせればいいのだろうと思う。

某元首相の出身大学がどこかと聞かれたので応えたら、たいしたことないジャン、という反応だった。

そんなことどうでもいいじゃないか。自分はどうなんだ。もし自分に子供がいてちゃんと国語算数理科社会を教えられるのか?というと自信をなくされてしまった。

どの大学を出たというより、両親からちゃんと大学とか書籍、メディアで言及されない大切なことを学び取れたかどうかのほうが大切じゃないか。

どの大学を出たか出ないかでなく、両親からそういうものを学びと取ったかとらないかで馬鹿にされるかされないかじゃないか?

自分もそうだけど、あなたはどうなんだ?

どうもお互い親からまともなことを学んでこなかった、ということになった。

そうすると気まずくなってしまった。

双方とも馬鹿にされる範疇になってしまって、お互い馬鹿にしていたのね、ということになってしまった。

修復可能かどうか?

お互い親から肝心なことを学べていないから不安で先に進めないと引っかかっていた。

今まではしょうがないから、これから自分たちでそういうことを学んでいくしかないといっても納得してもらえなかった。

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2008年2月24日 (日)

互助ネットワークの罠

自分が困ったときネットワークを通じて誰かが助けてくれるというのは非常にありがたい。私の不定愁訴も問題も一人で悩まず、誰かに打ち明けたらたちまち解消したのかな?

その解答が最近方々でネットで出回っているが、やっと最近だよな。

ヒトに頼ると、どっかの宗教に入れとか、いい薬あるよ、とか、精神を鍛錬するために気功とか武道をやったらとか色々誘われただろう。

しかし自分の場合は、自分で悩み続けた。

周囲を見渡すと、互助ネットワークに頼っている人は、どうも芳しくない。

不定愁訴に限っては、一人で悩んだほうが正解だった。

確かに時間はかかったし、機会損逸もはなはだしかったけど、今から思うと時間と損逸より余りあるものと感じられる。

感覚が生きているからである。

確かに他人は親切かもしれない。好意に満ち溢れている。

ただし意図せぬ悪意というのもあるから厄介である。

本当に悪意がない。でもまずい。善意に頼ったがゆえにまずいこともある。

互助の精神でその世界のヒトに普遍な厄介ごとが生じる。その世界に漬かってしまうと抜け出せない魔物がある。

まあそういうもののその魔物が一種の結束力となる。魔物に素面だと仲間に入れてもらえない。

仕方がないのか?

まさかそれが生死にかかわることだったらまずいなあ。

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2008年2月23日 (土)

砂嵐

今日も海辺に赴いた。

最近までは、穏やかだったけど、一転、強風だった。しかも逆風で、なかなか進めず、顔にちくちく砂が当たって痛かった。ターバンが必要だ。

アラブ世界では、いつもこういう状態で生活しているんだろう。

いつもは、ゆったり笑みを浮かべながら頭の仲をぐるぐるさせているのだが、今日は早く砂嵐の状態から脱したいと足速に駆け抜けた。

イスラム世界のイメージを膨らませた。

砂漠の生活。

いわゆる東京砂漠で生活を営んでいるのだが、考え方がイスラム的になっているのかもしれない。原理主義。

すべて原理から入っている。

原理を納得しないと先に進まない。

セックスもしない。

獣肉食もほとんどしない。

自分はどこの文化の人間なんだろうとふと迷う。

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2008年2月22日 (金)

本当の素晴らしさを知るには

作家の素晴らしさを知るには、その著作を読むしかない、という見解があるが、違うだろう。

本当の素晴らしさを知るには、本人に直に出会って話をするしかない。

本で書いていることと、本人はまったく別物である。

本では、色々なしがらみがあるから建前程度のものである。しかし本物に出会うと、その主観的体験に触れることが出来る。著作と本人との主観的体験は違うのである。

作家は、他者を意識して書くから客観的になるよう苦労して書き連ねる。しかし虚しいかな本人の主観的体験からかけ離れる。客観を意識して書かれたものは理解不能である。

本人に出会って本音を聞かないと素晴らしさは判らない。

こういう機会はめったにない。またなくなられている場合は無理。

じゃあ、そのキャラクターに近いヒトを見出せばよい。漱石に似た人、三島由紀夫に似ている人を探し当てる。同じ物腰なら大体考えることは同じと見てよいだろう。

色々出会いの機会を作ってそういう人々と直に話すしかない。

本人の著作で本人の素晴らしさを判ろうなんて無理。

生に遭遇するとああそういうものかと理解が深まる。