言語化というストレス解消
2次会にてもう一つの対談を拝聴して強く感じたのは、言語化するというのはストレスの最大の防御だな、ということ。
腑に落ちぬことイラつくことむかつくことすべて言語化してしまえばいいんだと思った。けっしてその表出が論理的にまとまっている必要はない。とにかくリズムに乗せて排泄してしまえば良い。
私より10歳若い女性作家に精神衛生のノウハウを伝授していただいた。
関西弁というのは、ある一定多数の人々の間で享有される特定にリズムに制限された言語である。通じないということはめったにない。自分がネガティブな感情を持ったら周囲に言いふらす。すると決して周囲は不快に思わず受け止めてくれる。
その本人が不快で腑に落ちなければ、周囲も同じようにそう思う。それをお互い表出することによってカタルシスされる。リズムがあるゆえに可能な処方であろう。
だから同じリズム感を固有に持ったもの同士が群れるというのは大変重要である。
私も吸い込まれるようにその対談の砂被りに赴いた。
東京ではそういう方法による解消というのは出来なかった。自分に沸き起こったネガティブな感情は外に出さないというような習慣が関東にはあるようだ。メディアもそういうことを喧伝していた。文句を言うと余計に不快になるから我慢して内に溜め込んでしまうよう仕向けられる。
溜め込んで周囲が気付かず、本人も周囲も成長が止まる。
しかし関西では逆なのである。
問題をその場で表出して周囲がフォローを入れる。そうやって成長が加速されるのである。
10歳若いのに10歳年上の頼もしさがある。彼女だけではなく関西女性に押しなべて普遍的である。
なんでやねん、とボケをかませば、周囲が突っ込みを入れる。
こういう慣習があれば、多少地磁気が弱くても有機揮発物質に晒されても何とかやり過ごせるのだろう。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- エリート文化人の残尿感(2008.06.27)
- 生活の潤い(2008.06.23)
- 呪いと祝福を発話運動から考える(2008.06.19)
- 大学生がよむ50冊(2008.05.31)
- どういう文脈でも当てはまる普遍性(2008.05.21)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/216415/11670028
この記事へのトラックバック一覧です: 言語化というストレス解消:
コメント
Mさま、こんばんは。
相手の身体の大きさで声の大きさが変わるというのは本当みたいです。
ちなみにK女史のインタビューがユーチューブにありますけど、声が小さいというかかしこまっています。たぶんインタビューアが小柄な方なのかもしれません。
チタンも効くはずです。
ただMさんはいいところにお住まいだから効き目が知覚されないのかもしれません。
ピップもお酒やコーヒーなどドラッグ系を取り込んでいるときは効き目が感じられないことが多いようです。
人ごみとか道路わきとかあまり環境が良くないときには、感じられるかもしれません。
投稿 n_ohsaki | 2008年3月28日 (金) 00時15分
大きな人がいると大きな声になるというのはおもしろいですね、、
あのままの方なのかもしれません。
チタンというのはどうなんでしょうか。
プロ野球選手がしてるような..
ネックレスみたいなのをためしにつけさせてもらったんですが、
わからなかった(笑)
これではピップも伝わらないかもしれません。
投稿 M | 2008年3月27日 (木) 22時40分
Mさま、こんばんは。
クオリアって結局コリアに帰還したい!ということなのかも。
K女史のお話を皆黙って訊いていましたね。
あそこまでずばっと言われるとかえって気持ちいのでしょうね。そういう人って殆どいませんもの。
彼女は意識的にパフォーマンスしているんじゃなくて地を出されているのでしょう。
関西の人って大きな声の方が多いですよ。
私のような身体が大きな人がいたから余計に声が大きくなったのかもしれません。
そばにいたのですが、お開きになりそうになってそこからいったんはなれましたが、延長するということなりました。
少し離れて遠くから訊いていると声が小さくなって来られたので、これはいかん、と思いまたそばに行きました。
すると再び大きくなりましたね。
身体の大きな人の前では声がでかくなるのです。よく講演会とか演劇に行くと、講演者のすぐ前に行くように主催者から促されることがありますね。
土地によって感じが違うというのは自覚しますね。岩山の傍がいいですよ。
ピップも身体に貼るかわりに胸ポケットに入れておきますと気分が落ち着きイライラが消えますよ。
800円ぐらいで精神状態が良くなるのですから大変お得ですね。しかも半永久的に持ちますから。
投稿 n_ohsaki | 2008年3月26日 (水) 00時44分
クオリアにコリア・・ 近い!(笑)
記憶はだめになりました。。
遠かったのでかなり耳ダンボになって、
それで覚えていたのかもしれませんね。
腑に落ちないことをすぐ言語化しているようだというのはわかる気がしました。
具体的でしたね。 よくお勉強しているんですね。
言い方がちょっとパフォーマンスにすぎてみえ、
いろいろ言っているのをまとめると、
「備わってます!」 という叫びのようにもきこえてきました。
そのあたりにちょっと不安を感じましたが、
事実だからかまわないのでしょうね。
ohsakiさんの体感にとって、土地はかなり重要なんですね。
局所的に、あ、ここはだめだなあ.. というのがわかることはよくあるんですが、
おおまかにこの地方がとかは、あんまりわからない。。
行った土地が少ないからかもですね。
ポケットに ピップ..!(笑)
投稿 M | 2008年3月25日 (火) 22時37分
Mさん、昨日はいろいろありましたね。
編集のKさんと話し込んでいたら、皆さま全員K女史に注目!という状態でぢたね。
なんだ?なんだ?と野次馬根性が出てしまいました。
ストレス発散といいますか、何か腑に落ちないことがあれば直ちに言語化されるという様子に思えました。
皆さま、黙って聞き入っていましたからかなり心地良かったのでしょうね。話を伺っていると気持ち良くなる文筆歌手なのでしょうね。
さまざまなことにおいてひとつひとつポイントを抑えておられ驚きました。かなり勉強されているな、しかも自分のものにされていると。
クオリアの話、ありましたね。ちゃんと覚えていませんが、なんとなく、Q日記に書かれていたような。
わざわざクオリアという必要があるんでしょうね?と指摘されたということは覚えています。
私はどうもクオリアならぬコリアじゃないかと思っています。韓国に滞在したときのあの体感というか精神的落ち着き。
どうなんでしょうね。
村上春樹さんの小説論は、シャイネスだったのですか?すこし整理してみたいと思います。
ドグラ・マグラとかタイタンはぜんぜん存じ上げませんが、脈がありそうですね。
壁の上を歩く、とか言われていますけど、多くの人は、壁の外でも中でも上でもという意識はないのでしょう。悲しいですね。
私も最近日本人は宇宙船に乗って宇宙酔いしている宇宙人みたいだとこのブログにエントリしましたが、養老さんは、ご自身が宇宙人と思われたのですね。
養老さんは、多くの人が口にしないこと潜在的に心に抱いていることをぽろっと表現されるところがしびれますね。
Mさん、K女史さんのご発言を含め、よくいろいろ覚えていらっしゃいますね。
今後ともお顔を出されるでしょう。
ああいった場でかなり書くモチーフが思い浮かびますからね。
Mさんはクオリアカフェですね。
参ります。
投稿 n_ohsaki | 2008年3月23日 (日) 23時34分
ohsakiさんこんばんは。
ひさかたぶりにお邪魔いたします。
昨日はお日柄も良く、対談、飲み会たのしかったですね。
K氏のおはなし、おもしろかったです。
あれはストレス発散だったのですか。。
すこし劇場型のような感じはうけましたけれど..
いつもあの調子の方なのか、それともギャラリーが多かったせいなのか。
クオリアのところを聞き逃してしまって、
もっと早くに行ったらよかったと思いました。
シャイネス、大御所の小説家の人のお話に納得です。
近くの編集の方は、ぽかんな感じが...
ドグラ・マグラ的なものが好きというのが聞こえて、合うかもしれないと、
ちょっと作品読んで見ようかなという気持になりました。
その前に、かなり熱っぽく大讃美の、タイタンのなんとか をよむべきでありましょうか・・
養老先生のお話ははじめて聴きましたが、独歩の方でしたね。
小さなころから宇宙人のような気持だった(ちがいましたか..)とか
没頭していると、まわりが声をかけて割ってくるとか
ビル、コンクリのおはなしなどなど。 共感部分多し、でした。
意外にも、みなさんもそうだと思いますよ・・
という言いまわしが多く、
このあたりが塀の上の所以なのかなあと思いました。
外のわたしとはちがうなあ..
なんでも笑いにつなげていく技も、すごかったですね(笑)
雑感でした。 行取りうまくなく、みづらかったらごめんなさい。
また覗きにうかがいます。
もうこんな機会はないかもしれないから話すのです、とおっしゃっていましたが、
またK女史のお話、きけるとよいですね♪
投稿 M | 2008年3月23日 (日) 22時51分