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2008年4月30日 (水)

覚醒レベルが上がり過ぎ

倦怠感が多いとき、覚醒レベルを上げて、解消するとありがたいのだが、度を越えて覚醒しすぎることがある。

血が頭に昇るのか、がんがんしてきて、考えがまとまらなくなることがある。

ピップエレキバンを携行して、このような体験をした。

体格の大きな人に囲まれている中、携行すると、そうなる。

かえって逆効果になる。

携行している私の横に恰幅のいい方が近づいてきてしばらく一緒にいると違和感を覚えられるのか立ち去られていく。自分もがーっと頭に血が昇るような違和感を覚えた。

大柄な人とピップエレキバンは同じ効果があって、両者が一緒に存在すると、存在した分効果が上がるらしい。

欧米や中国韓国などの大陸に渡って、ピップエレキバンをすると頭が痛くなってくるのだろう。

彼らは、あまり冷え症とか肩こりがないから、まさしく大きなピップエレキバンの上で生活しているようなものである。さらにピップエレキバンを携行すると、効き過ぎてしまう。

人のいないところで携行するものなのだろう。

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2008年4月29日 (火)

論争のお相手

以前、ゲーム脳をめぐってやり取りして仕舞いには、喧嘩別れして、相手にされなくなってしまった。

そのお相手は、若い女性プロボーカリストらしいようだ。

ご自身の歌のレーベルを音声付でブログに出しておられた。

聴いてみると、歌唱のリズムとブログ文章のノリに共通したものがあり、どうやらご本人なのか、ということらしい。

ブログの文章は、きわめて筋道が立っていて、抜け所がない。歌唱も腹から声が出ており芯が強い。この方が、ゲーマー?このタイプはゲームはあまりやらないと見たが意外だ。

30歳前後のボーイズソプラノ系の男性の方だと想定したが、予想外だった。

こちらは女っぽく感情を顕にゲームの嫌悪感をストレートに表出したが、お相手は、女性ボーカリスト。

ゲームを100本購入してプレイしてお勧め文を書くよう指示されたが、正気じゃないわよ、と黙殺してしまった。

彼女に限らず、え? この人がこういうことされているの?意外!、と驚くことが覆い。本性と営みにずれがあることを少なからず見かける。

この世の中、否定の批評性はダメで、何でもかんでも生成・加工することが許容されるご時勢のだから、いけないといえばいけないのだが、辛いものがある。

コモディティーを中国やインド、東南アジアに放逐して、高付加価値なサービスだけを日本に残したという結末だが、いくらなんでも生成して良いからと言っても、違うのではないかと否定の批評性をもたげてしまう。

いやあコモディティーで食える世の中にしたいものよのお、とつくづく思う。

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2008年4月28日 (月)

4月の海を泳ぐ

久しぶりのボート釣りに行ってきた。今回は3度目。1回目は、晩秋の海で、やや波が高く、げろげろ吐きながら脂の乗った松輪鯖の大漁に歓喜した。これがトラウマになってしばらく止めた。翌年の晩夏にもう一度、そのときは、波が穏やかで、メバル・カサゴ・キスがぼちぼち釣れ、ボート酔いはしなかった。

さて今日は、雨上がりの晴れた春爛漫の釣りを満喫できることを心躍らせた。

穏やかな波止場より、堤防へ向かうと、ずしんとうねりを見舞った。外海に出ると1mの高波だった。目的の釣り場まで沖合い1kmぐらい、連れ合いのTさんに漕いでいただいた。

彼が、20代の頃より嗜まれており、何から何まで知り尽くされていて、すべてお任せさせていただいた。電話すれば、海上保安庁が助けに来てくれるから、ということである。

高波でも、波に向かって垂直に漕ぎ出せばなんでもない、とのことだ。

僕ら同年代の人と連れ立っては、もはや出来ない芸当である。

あっという間に、岸が彼方のほうへ見えるところまで来た。そこで碇を下ろして、仕掛け作りを着手した。

これまでは、なんともなかったが集中して根を詰めるのか酔いが廻ってきて怪しくなってきた。

身体も冷えてきて小便もしたくなってきた。

今日は、船酔い気味で小便を催すということに格闘する一日だった。

ボートのイスに座り、バケツを当て、出そうとしても出ないのである。膀胱には、パンパンに詰まっていて、早く出したいのに、出せない。むかつきと、波がゆらゆらするのとで気が散って出せないのである。それだけ排尿は集中するものだとは、思わなかった。

慣れれば簡単だよと、Tさんは、何度も排尿されていた。

しばらくずっと座りっぱなしでいる足や股に違和感を覚え、身体全体の神経系に異常をきたしているのかもしれない。

たまたま、真後ろにクーラーがあり、そこに座って高い位置に行けば出るだろうと期待したが、やはり出なかった。

やっぱり出ないですね、いやあ慣れると平気なんよ、という話で盛り上がっていると、大きなうねりが一つやってきた。それでバランスを崩して、とうとう海の中に落ちてしまった。

ざぶんと一回転して体勢を整えると、ボートは5m先にあった。そこまで平泳ぎをして、横から這い上がろうとすると、近くにいた別のボートのおじさんが、ダメだよ、後ろから乗らないと、と大声で叫んだのが聞こえた。

仕方がなく、もう一回海に落ちたところ、だんだん身体が冷えていくのがまざまざと感じられた。後ろまで廻りきらないところで、渾身の力で這い上がった。一発で乗り込めた。

ああ助かった。

びしょぬれにも関わらず、寒気はしなかった。

引き返そうか?といわれたが、いや大丈夫ですよ、しばらくそのままいた。

だんだん乾いていった。

嘘のように酔いが一気に醒めたことに気付いた。

戸塚流脳幹鍛錬法なんだな、と納得した。

しかし膀胱がパンパンなのは相変わらず。出そうにも出せず、午後1時半になった。9時半に出向してから4時間排尿していない。尿毒症にならないかと不安になった。

尿は、汗で出て行くらしく、なかなか臨界点まで行かないが、気になって釣りどころではなかった。

ようやく閃いた。

船底に膝を当てて上体を上げることを思い立った、足はイスに置いて、両手で船体つかみ膝立ちした。

それからバケツをかざすと、今度こそは、と期待した。

ことごとく期待を外されたが、一線を越えてきた感触を覚えた。よし、やった!

ここから一気に吐き出した。

バケツに4時間分とうとうと溜まった。

はあと一息して海に投げ捨てて、世界が変わった。

気付くと晴れが出て、波も穏やかになった。やっと釣りが楽しめる。

Tさんは、アナゴを、私は、ウミタナゴをそれぞれ一匹づつ釣り上げた。

それもつかの間、また風と波が強くなって、午後2時半、碇を上げた。

引き返して、着岸してボートから降りようとしたところ、また悲惨な目にあった。Tさんは先に、上陸して、はい降りて!と促されたので、ついあわててしまった。

立ち上がろうとすると、ずっとじっとしていた足がうまく動かせず、はい降りて!のペースについていけなかった。そのペースで立ち上がったところバランスを崩して真後ろにひっくり返って、ざぶんと気付いてみると周囲は海。2度目の海水浴となった。

足中の神経が行きわたらないところさっとというタイミングで降りるとバランスを崩してしまう。

水浸しになって陸に上がると今度は、寒気と震えが酷かった。

船宿の女将さんに、ヒーターを点けて頂き暖を取った。

ようやく半乾きになったところ、岐路に就いた。

車中で、船酔いしたときのおしっこの仕方位前もって教えてくださいよ、嘆き口を叩くと、いやあ、そんなこと考えもしなかったよ、と苦笑された。

若いときに始めると、酷い船酔いは体験するだろうけど、尿が出なくなることはないのだろう。

身体が冷えて排尿したくなって仕方がないのに出来ない、というのは、将来の体験を先取りした形になった。

ともあれ、年を取られてからボート釣りを始められる方、くれぐれもお気を付けください。

船酔いした中、イスに座りながらは出せませんので、慌てずに、両手で船を掴んで、膝を床に立て足をイスによりかけて、やれば、あの苦痛からすぐに開放されます。

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2008年4月27日 (日)

地縁の不思議さ

大学生の頃熱を入れた異性の方の母親と自分の母親の育った場所が、県・市・町まで一致していることを知って驚いたが、日頃閲覧させていただいているブログの管理人さんの母方と、私の母方の所縁の地が、県・市まで同じなのである。

自分を惹きつける相手の所縁は、自分の所縁と一致することが少なからずあるのだった。

最近、母方の祖母の姉(母親から見ての伯母)が亡くなったが、事後に、「私行ってきたのよ...」、で知らされた。自分もついて行けば良かった。

父方の宗家の跡継ぎの結婚式も、事後に、「行ってきたぞ...」、と知らされた。

そうしないと自分の所縁がどういうものか判りづらい。

地縁縁者と交わりが薄くなっているから、自分はどういう人間なのか判からない上に、あまり芳しい境遇にいない。どういう人間か自覚しないがゆえに異質な人々の社会に紛れて込んでしまい不適合を起こしうまくいかなくなっている。

小さいときからコンスタントに親戚縁者と交わっていれば、先祖はどういうことをやってきて、今の代の人がどういう職業について、そこにコネクションを張っているかということだけではなく、体格とか骨格、物腰、息遣い、好き嫌い、得て不得手が判ってくると同時に、自分のアイデンティティーが判明してくる。

これは、大学生の頃になれば、大体理解できるものらしい。

自分がそういうことを怠ってきて、失敗談を学生さんに話すような機会があった。学生の中にも最初から対話が成立しない方も少なくないが、話せる場合、決して理解できない内容ではないことを知った。以外にも飲み込んでくれるものである。

ということは、やはり、親の態度の良し悪しになろう。言えばそれほど難しいことでないのだから、言わないほうが悪いに決まっている。

と最近親に怒っている。

しかし、故郷から放逐されたという思いがそうさせているのかもしれない。

独立して親離れするのが大人といわれるが、決してそうではなく、死ぬまで親とべったりになるのが極自然のあり方である。

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2008年4月26日 (土)

文学の現実的アプローチ

今日はシックハウス関係の講演会を聴きに行った。建築、什器、材料の各業界団体がシックハウス関係の研究会を発足させ、専門家の講演を催している。

いつもは脳に関して、自然科学とか心理学、哲学、というような催し物に参加しているが、シックハウス関係からアプローチするのも違った視点で脳を見ることが出来て参考になる。

今回は、千葉大の森千里教授がご担当された。

森氏は、千葉大柏の葉キャンパスにて、ケミレスタウン・プロジェクトを主催されている。

キャンバス一帯に問題を起こす化学物質を極力抑えた部材を用いた建築物で街を作り、更に室内にもそのような什器を据え付けるという試みである。

その街に、化学物質過敏症の方が生活して症状が良くなっているという。

まず一昔前問題となったPCBの有害性から聴いた。今でも環境に残存して食物連鎖で動物にも多数含まれているという。

マグロやカジキなど大型魚類には高濃度で含まれているという。

刺身が好きな私にとって残念な話である。先ごろ尿酸値が基準値以上になって、魚類を多少控えるようにした中、更に追い討ちをかけた。

最近、安価に血液中のPCBなどの有害化学物質の含有量を測定する方法を開発されたとのこと。

化学物質の危険性については、まだ世間で認知されていないらしい。まずは認知からということを強調されていた。

最後の質疑応答で、シックハウスとうつ病は共通の神経醸造を起こすが、心因性と化学物質要因とどう区別するのか?と伺ってみた。

化学物質起因は、特定の場所でそういう症状が出るという。心因性は、場所を選ばないという。

しかし化学物質過敏症は、一度発症すると、場所を選ばず神経症状が出現するのだが、どうなのだろうという疑問が残った。

私は、化学物質過敏症と北里病院で診断されたが、様子からみるとどうやらシックハウス症候群では思われる。

講演の室内でデモをやった。自分は、その部屋で調子が悪くなるが、窓を開けると改善することを示した。

最近流行っているうつ病は、室内換気不足が原因でないかと考えている。まず建物の高層化で窓が開かないことが多くなった。この場合すべて換気装置に依存することになっている。

しかし、換気を強くすると、音がうるさい、寒い、冷える、折角暖めたり冷やしたりした空気を無駄に外に出してしまう、ということからあまり装置として使われなくなっている様子だ。

それで空気が澱んで気分が悪くなる症状が起こる。

部屋に、化学物質を発生させるものをそれなりの数設置するならば、換気装置もそれなりに改善するべきだ。

そういうことをケミレスタウンで実証していただきたいと思う。

森氏は、最後にプレゼンの資料の中で森鴎外について出された。ひ孫さんらしい。

ひい爺さんが文学をやられている一方、現の代にて、複合汚染を研究されている。きわめて文学という営みに関して、現実的かつ科学的なアプローチを取られていると納得した。気持ちをうじうじさせ心を不安にさせる文学的衝動の発生源に正面切って立ち向かわれている。

文豪の末裔の方の営みというのは、その文豪の作品とつながりがあるのかもしれない。比較してみると、漫画だったり骨董だったり化学物質だったりする。

登校拒否や引きこもりの根本原因を化学物質とされていること、科学的に有害性を証明できなければ幾ら活用しても良い、という考えはおかしい、客観的に判明する前でも怪しい場合は逃避すべき、と科学一辺倒ではなく、文学的視点が組み込まれている。

こういうアプローチがトンデモといって怒られるのですね。

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2008年4月25日 (金)

誰が言うべきか?決まっているのか?

アイディアとか特許を出願することが推奨される場合が多い。

なにかしらやっていると新規性が出てきて権利化しておくことが求められる。

技術だけではなく運営上のノウハウも含まれよう。

しかし条件があることことに気付いた。

あくまで立場に限定されるのである。

あいつにだけは言われたくないよ、ということである。

折角アイディアを思いついていざ権利かしようとしても、それはお前の言うべきことではない、言うべき立場にない、これは俺たちが言うべきことなんだ、とあっさり横取りされることがある。

これはたまらん。

そんな立場、立場というのなら、ご自分の立場らしくそういうことを思いつけよ、と思う。

でもそうではないらしい。

特許とかライセンスという手続きに沿って、金額をはじいてみると莫大な金額になる。

判明した金額効果をピンはねしても、相当な金額であろう。

しかしじゃあ、それを貰ったとしても何となく気持ち悪い。

理屈上、なんら後ろめたいことはないのだが、貰うのはちょっと気が引ける。

たぶん貰うとなると名前が広がってしまう。

貰って、周囲がいい気持ちになるか?という問題である。

金額的効果があっても、周囲は気が気でないだろう。

たぶん請求しても、そういわれるのがオチだろう。

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2008年4月24日 (木)

地球のどこに着地するか?

毎日が旅行気分。

もうすぐGW

どこに帰ろうかな?と考えている。

普通、いつもの生活を旅行中とは言わない。普段生活している場所から離れた遠くへ赴くことが旅行という。

しかし違う。

今まさしく旅行中、しかも皆が憧れる宇宙旅行中である。

宇宙線を沢山浴び過酷である。

ようやく、GWがせまり、地球に帰還する。もうすぐ地球に戻れる。

ああ、地球よ、何もかも懐かしい、という沖田艦長の言葉が胸に響く。

さてどこに着地するか?

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2008年4月23日 (水)

女たらしの実情

数多くの女性とニコニコして楽しそうに話すと、あらぬことを疑われる。

そのまま、連れ込んでやってしまうのだろう。更にとっかえひっかえやっては捨てを繰り返しているのだろう。女たらしと言われる。

それは違う。

単に女性とお話して楽しいだけで、性欲は沸いていないのではないか?

3人組の女性が楽しそうに話している風景を見かけると、話しているほうも聴いているほうも同時に頬を弛ませてニコニコしている。だからといってお互い性欲が沸くわけではないだろう。

それと一緒である。たまたま男がその女性の一人と入れ替わっているだけである。

多くの女性は、男のように性欲が強くない、誰でも良いのではなく、一人深く愛されたい、という傾向を持つらしいが、その入れ替わっている男性もそうではないのか。

いわゆる女たらしといわれる男は、やりまくるのではなく、ただ一人焦がれる相手が現れるのを待っているのである。いわゆる、

「何秒でもいいんだよ! そう思えるかも知れないすごい一瞬に人生を賭けてるんだよ! 人類は!」川上未映子、である。

男性は、イニシアチブを取るとみなされているから、女性と楽しく話した延長上でそのまま攻撃的に主導権を握ってやってしまう、と考えられるのか?

これは違う。

村上春樹の世界は、どうやら、こういうステレオタイプを合成した虚構の世界であり、実情とかけ離れ