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2008年5月19日 (月)

何となく判ること

何となく判ることを、どう言葉で表現すればいいのか判らなった。何となく判る。

これは、気分が沈むか沈まないかで判ってくるのではないかと思ってきた。

普段、気分が落ち込んだり、高揚したりするが、何かしらのきっかけじゃないかと考えられる。

車を運転しているとき気分がハイになったあと落ち込んだり、魚釣りをしていて、物寂しさに襲われるときと、何かしらやる気が出て活発に竿を動かすようなときがある。

自動速度取り締まり機を通過したとき、何となく気配を感じる。

魚が沢山釣れてくる前触れとして高揚感が出てきて、入れ食いになったり、一方、全然釣れないときは、物寂しい。魚が沢山泳いでいる場合といない場合は感じ方が違うのである。

これと同じように、地震の前触れも判るのかもしれない。

一回そういう経験をしたことがある。何か気分が変だな、と思った次に揺れた。

その一回しか自覚しなかったから直接の因果関係ははっきりしない。

気分の変動で、何かしらのきっかけを掴むような感覚の鋭敏さはある意味便利なのかもしれない。

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