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2008年5月13日 (火)

被害意識は、呪いか?

自分が被った被害について声高々に主張して世の中を騒がす輩が増えてきたという。品物を買って品質が悪いだの、学校の教師に向かってうちの子供になんてことしてくれるの、というクレーマーが多くはびこり現場では困っているらしい。

そういうクレーマーを統合失調という病人に仕立て、ああするとそう見られるよ、という自制を促すような言説でもって、打開しようという動きもある。

被害意識ばかりいうと大人気ないと言われる。当事者意識がないとか、他人任せとか、未熟だとか言われるが、果たしてそうか?

被害というのは、自分の不幸が明らかに自分以外の原因でもたらされたとき意識される。

無論、天変地異に関しては、諦めが付くが、人為的なことに対しては、やはりきちんと被害意識を持ってクレームを付けていかないと損する。

だいたい何か自分にとって不都合なことが起こると、自分が悪いとか努力が足りないとか自己責任と思い込むように誘導されてきたのではないかと考えられる。

あくまで自分が悪いと思っていてくれれば、安泰と考えているのだろう。

いろいろ不幸な原因を考えていくと、なかなか言語化出来ない魑魅魍魎として通常の感覚を超えた第6感に頼って初めて判明する。やっぱりそうだったのか?

そういうものは、得てして、ばれにくいからやっても平気だろうといって原因は放置される。それだけではなく、わざとそういう原因を創造することもある。

これには、怒り心頭である。

6感によって感じるのだから、いわば病気の一種となるのだろうが、こういうことを是正していかないと、日本はガラパコス現象に苛まれる。

世界の人というのは、そういう感覚が鋭いのに、日本人は、独特な鈍感さを進化させガラパコス諸島のイグアナやゾウガメのような独特の進化を遂げてしまっている。

そういう鈍感力が世界に通用するのか?

だから、被害者意識というのは強くもって、世界感覚を取り戻さないと、やっていけない。

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