騙すほうと騙されるほう
世の中、少数の騙すほうと大多数の騙される人々から成り立っているんじゃないのかと思って人に訊いてみると、うん、そうだよ、とあっさり言われてしまった。当たり前らしい。
どうも自分は、大多数の騙されるほうにいると思って、騙す連中に文句をたらたらと書いてきたが、どうもそれがはばかれるのではないかとこの一本調子にブレーキが掛かってきた。
何か、折角騙そうとしているのにそれを邪魔すると悪いんじゃないのか?
でも、不思議なことに私の書いている文章は、騙す側の人にしか理解されないようだ。多くの騙される側の人々にとって読みづらいらしい。すいすい読むことが難しいらしく理解されない様子だ。
つまり自分は騙す側だった、ということが判明した。
何か変だなあ。
あいつは騙す側にいるのに、騙される側にいると勘違いして頭おかしいんじゃないの?
ということだったのである。味方から出た弾が敵に当る前に自分に当っていて、それで文句を言っていた。その文句は、味方にしか通じない。
何であいつは、敵に塩を送るようなまねをするんだ?馬鹿じゃない、となるのだが、実際はそうでもない。
敵に塩を送れていない。理解されないのである。
文章のリズムが合わないらしく、敵にとって見れば暗号となる。解読不能なのである。
こっちは、味方を敵に思っていて、敵だと勘違いした味方に、お前ら、そんなことばればれじゃないか?馬鹿みたいだ、と一人白けていて、それをつらつらと表現したいたのだが、敵に通じないで味方に通じて、何だ、種明かしをするなよ、バカ!と思われていたに違いない。
でも通じないのだから別にいいじゃないか?
騙される方には行かないのだから。
と味方の敵を欺く方便を哄笑しても、なんら問題ないんじゃないの?
ともかく、味方の掟というものに気付かなかったのである。
味方なのに敵と勘違いして、一人不安になり、いつでも逃げ出せるように、非常事態にして蓄財して、味方の「宵越しの金は持たねえ」、という慣習に逆らっていた。
どうせあいつは金もっているのだからあげなくてもいいだろう、と今の処遇がある。こういうパターンは自分だけじゃなくて何人か知っている。
貰ったものは使わないとダメなんだね。
味方は、相互互助で何でも無料で情報開示して見返りを求めず、あくまで敵からふんだくる主義なのである。そういう風に制度化されているのである。味方から、ほらサービスしたんだから金遣せ、とはならないらしい。
自分を救済しようと努力して成果を出しても、味方は、ありがとよ、とあっさりタダでかっさらっていく一方敵からふんだくるべく画策しているものである。あくまで金は、騙される側の敵から頂くのである。そして貰ったら溜め込まないであっさり散財する。
誰に散財するの?もちろん味方にさ。金だけじゃなくて情報も。
こうやって富むはますます富み、貧しきはますます貧しくなる。
マタイの法則なのである。
こういう掟だったのだね、とつくづく今思う。
本来、組織とは、そのメンバの間ではお互いに無料で相互互助して、協力してメンバ外からお金を騙し取る、というものだが、勘違いして、役に立つと想定されることを実行して、メンバ外ではなくメンバの人間に金遣せ、となっていた。
とはいうものの、
え!本当なの?といまひとつ腑に落ちないで、しばらく騙される側にいるという被害者根性から抜けだせなさそう。
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