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2008年5月16日 (金)

美術の意義

芸術において音楽と美術があるとしてそれぞれ果たす役割があるだろうが、別物だろう。

描画は、目に見えたものを色彩によって再現する営みであるが、特に描画された人物の絵と死者は同じだろう。自画像は自分のデスマスクである。

写真であれ絵画であれ人の顔が映っているものは、何となく気色が悪い。

ヒトビトを像にするという情報化は、あるコミュニティーではタブーとされることさえある。

自画像をデッサンする課題が与えられるが、それを何百枚も描くような訓練が展開されるらしいが、違和感を覚える。どうして自分の死に様に長時間触れないといけないのだ?

その営みは、苦痛に満ちたものだが、いずれ快楽に変わるというのだが、死者に接するとそういうものなのかと変に思う。

またそういう営みに憧れる人々がいるのだが、単なるアーティストという格好良さ以上のものがあるのだろうか?

他者は死者といわれるぐらいだから、現代は、死者に遇する機会が多く、一つのトレーニングの手段として、描画が採用される。

それだけ描画がうまいということは、死者と戯れるノウハウを見出してという意味で処世術というテクニカルな側面でも重宝されるのであろう。

処世のための鍛錬という側面もあるだろうけど、描画というのは、一種タブーなのだから、一つの文化を押し付けられたというような被害意識も芽生えてくる。感覚とはそぐわない一種の虐待とも取れるのである。

学校に対してそういう虐待をするなとクレームをつける親もいるのだろう。私ならつけたいところだが、こういう文化で親になることを躊躇しているというか許されなさそう。

教師の方にこの考え方で以って納得していただけるだろうか?

決して筋の良い話ではないが、そういう考え方もありそうなので忘れないように記しておく。

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