ご本家への墓参り
何となく腑に落ちる一帯に気を止めていた。通過すると何となく気分が落ち着いて気持ち良いエリアがあり、これまで何回か通り過ぎる機会があった。今回は、その駅に降りた。
そこには、母方の祖父の本家が住んでいる。小学生の頃、祖母に連れられて何回か墓参りした覚えもある。ご本家にもご挨拶に行ったこともある。
一時間に一本しかない列車から降りると、店は2,3件しか見えない、いわゆるど田舎といわれる。駅を挟んで岩山が近くに迫る谷間の集落である。でも気分は賑やかなのである。
30年前の記憶をたどりながら、お墓を目指した。当時用を催しトイレを借りたよろず屋は、どうなっているのか?ないようであるような気配だった。
線路沿いを歩いて、確か、左に曲がることを記憶していた。曲がってみたものの早かったらしい。そこを中学生らしき女の子が自転車で通り過ぎた。ああこういう人なんだ、と関心を持つと、相手もこちらを向いた。何となく吸い込まれるような感じがあった。
立て直すべくまた右に曲がり進むと、お社があった。春日神社とあった。
そこは入り口で参道をしばらく上っていくこと10分、集落全体を見渡す場所にお社があった。
見渡すと、田舎とはいえ、農業であれ他の産業であれ人を養える分、ぎっしり詰まっているように見えた。余っておらず充分満杯で住める場所には、程よい間隔で家屋が並んでいる。
脇に寄進者の名札立てがあり、一族の人がぱらぱらと10数人ぐらいか掛かっていた。やはりご本家はそこで生活されているのだと判った。
さてその神社の別の道を下っていくと、立派な鉄筋校舎が見えてきた。
墓は、木造校舎の裏手にあったことを思い出した。早速裏手に回り墓標を探し回った。
大きな本家の墓標がありそれを囲むように一族一人ひとりの墓標が複数ある。そういった一群が何箇所かある。何とか家、というのが数家あった。その姓名からこれまで出会った方々の体格や顔立ちを思い浮かべると何となく一つの共通点があった。
普段の生活やメディアを思い浮かべると、ああいう感じだ、というように。
少し奥まったところに、我が係累の墓標群があった。いつも参られている気配がして、一族はこの地で根を下ろしているのだなということが判った。
母方は、祖父母が京都に住んでいる関係でそちらに移した。戻そうと思えば、戻る余地は残されていた。
そこでしばらく佇んだ。
また、大陸に舞い戻ったような、筋肉の心地よい張りと締め付けを感じた。まだ昼前だというのにお腹が空いた。甘いものが欲しくなった。
しばらくいると疲れてきて歩き出した。ご本家を記憶をたどって探したけど見つからなかった。
一族のお宅は一軒見つかった。
それから駅に戻った。一時間あっという間で時間が経つのが速い。
なんと素晴らしいところにご先祖様はお住まいなんだろうと驚いた。大陸から渡ってきてこの地を選んで住み着いて千何年か代が続いて、今なお寂れたところがない。
場所が限られているので、これ以上発展する余地がない。道行く人も心地良さそう。
これが田舎なんだなとふと思った。近代化の時代の変化にも揉まれず、ずっと昔ながらの生活を守り続けている。
こういう土地に所縁があるのだと知るとなんだか生きる意欲がますます強くなってきた。この記憶の強烈さは何事にも換えられない。
と高揚感と空腹感で満ち溢れた中、次の電車に乗って後にした。
母親や叔父に所縁を聞いて、また次の夏休みに訪問しよう。
見た目、目立たずひっそりした中、感じる人だけが、関心を持つような、うまくベールで覆われた村である。
その土地に留まると頭痛がしてなじめない人もいるのだろうから、全員が全員良いと思って殺到するような場所でもないのであろう。
そういうところで仕事をしたいと思うのだが、仕事道具を持ち込むと何となく申し訳ないような処でもある。
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