欲求と商売
自分の欲求を満たすために一生懸命になって、それを商売のネタにしようとしても難しいことに最近気付いてきた。
何故なんだろう?
それは、分配が出来ないからだろう。
欲求を満たすために、ところかまわずあらゆる分野に参入して、そのいいとこだけを適当に採用して、再構成して、やっほー!自分の欲求が満たせた。これをノウハウとして売り込めないかな?と画策するのだが、難しい。
まあこの欲求が、自分だけ、とか、極限られた人々、だけ満たすものならば、問題ない。その人だけに受けるのだから、影響は少ない。
しかし、これが万人の欲求を満たすものだったら話が違う。総取りになってしまう。
こうすると皆に嫌な顔をされる。
嫌な顔をされ不快になって、生き辛くなる。
新たなる欲求探しに奔走する羽目になる。
折角の発見がおじゃんになる。
大学の先生より一般人のほうが、高度な知識を見出したり創造しやすいという。
先生は、知識を分配するための事務処理を知識の処理と創造よりはるかに多くの時間を割かなくてはならない。一般人は、そういうことが要らなくて、問題や課題を見出せば、自分の欲求にしたがって、自由に情報を取捨選択できる。
大学人は、分配のために、役に立とうが無駄だろうが、感覚からずれようがずれまいが、情報を存在させ維持しなくてはならない。
一般人のほうが、賢くなるのは、当たり前。
だからといって一般人がその成果を用いて商売するとなると話は別。やはり成果を分解して、それぞれの所管組織にお伺いを立てて、商売の邪魔をしないように配慮が必要である。
この事務作業に莫大の時間とエネルギーを吸い取られるのだから、気分が萎えてくる。
やっても無駄、ということになる。せいぜい自己救済され、余計な出費が抑えられるだけ。
いわば縮小均衡に向かうものである。
ということで、
あらゆる知識をネットから収集して大学の先生より賢い一般人になりましょう!
なんていうのは、アマチュアリズムに限定されプロフェッショナルや拡大均衡にいたらないという意味で、ガセと思いますが、いかがでしょう?
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