空間より時間
悩むときとか試行錯誤するときというのは、得てして空間に絡め取られるようなものである。
空間的広がりの中、見えるものをしらみつぶし的に彷徨い続け、結局身に成らない。
空間に展開する様々な事象に目を奪われ、それに操られて自己解体していく。
得てしてこういうときというのは、時間感覚を喪失している。
手当たり次第追い求め、逐次記憶に残らずエピソードとして残らない。
時間が死んでいる。
リズムを喪失している。
記号や物を扱うとき、自分のリズムがなくなって息苦しく時間が飛んでしまう。
見通しが立たなくなる。
すべて時間の中で空間を切り取らなくてはダメだ。
空間にべたっと吸い寄せられて、頭がぼーっとする。
そうでなく、こちらがリズム運動をしながら空間を動かさなくてはダメである。
空間は止まっているから誘導的に自分が止まり時間感覚が喪失する。
そうではなくて自分のリズムを取りながら、空間を自分のリズムに引き込むしかない。
数式でも回路図でもゴルフクラブでも。
死者を踊らす蘇生術というものか。
フランケンシュタインを生み出す力というべきか。
自律的にリズムを持つものに対しては、自分と同じリズムでないとちょっと難しいと思っている。
自分のリズムに誘導することは出来るかもしれないが相手が不満だろう。
自分のリズムは忘れてしまいがちである。
他者から思い起こして貰うしかない。
人間を含め磁石も他者なのである。
他者とはいわば磁力であろう。
生き物でも無生物でも磁力を持てば同じように感じる。
備前焼は、鉄分を多く含む粘土で焼かれるらしい。
鉄の中に磁石が含まれる。
磁力が沢山出て使用すると気持ち良いのだろう。
備前地区は、佇んで気持ち良い場所である。
一番電車の本数が少なくなるが、妙に間が持てる区間である。
人があまり通わないのだろうか?
骨董を馬鹿にしていたが、実は、粘土の中に磁石が仕込まれていた。
それを手でこねくり回すというのも理解できる。
骨董に傾倒するというのも一つの解なのだろう。
磁力が時間を変形するというモデルはマクスウェル方程式に含まれていない。
あくまで決定論的に磁力が時間発展する。
磁力によって時間は変化しないのだろうか?
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