2008年4月10日 (木)

宇宙戦艦ヤマト疲れ

先週末、ヤマト第一作の動画に夢中になって土日と朝4時まで起きていたのが今でも響いている。

以前なら、そういうことをすると精神が荒廃するから避けていたけど、最近は疲れるだけだからそういうこともするようになった。

30年ぶりだった。

再放送を観て以来だった。

10歳というのは人生で一番充実していた。学ぶ意欲が一番盛んで一番物事を覚えた時期だろう。

今でも10歳に戻ろうとする意欲が強い。そのおかげで、その年に近づくことが出来た。

そういう一番充実していたときを思い出したのだから夢中になる。

この年になってみるといろいろ判ってきて面白い。

ガミラス人とイスカンダル人の態度が違うようで実は一緒だった。どちらも科学が極度に進歩して星としてというか住環境が悪化してもはや住み難くなってしまうなか、一方は、他の星を侵略して移住しようとして、もう一方は、諦めて時に任せて滅びるのを待つ、という。

硫化ガスが充満した中、とてもじゃないけと住めないのだろう。しかもガミラシウムとかイスカンダリウムという放射性物質が豊富で、そういうものがないと生きていけない。電磁波とか有機揮発物質に囲まれても平気というのと似ている。

ガミラス人は、地球人を滅ぼして生き残ろうとするがいまいち意欲に欠けるな、というか生きることへの空しさを感じている様子に見えた。

総統デスラーとドメル将軍だけが活けていて、その他は、人生疲れたようなヒトビトばかり。

第一作からデスラーは地球人びいきだったのではないのか?

自分ひとりがナルシストで格好良くて活けていても周囲が疲れていたら寂しいだろう。

ヤマトの諸君を垣間見てその心が一層強くなったのではないか?

ドメル将軍がヤマトを人工太陽で100%撃破するのが判っているのに、副官ゲ―ル君の告げ口をそのまま鵜呑みにした総統は、相当愛して止まないヤマトの諸君を救う衝動に駆られたのだろう。

一方相当ご冗談が好きと茶々を入れた僕を殺してしまう、というのは、お前らよりヤマトの諸君のほうが良い、ということなんだろう。

30年前から今のことを暗示しているみたいだ。

今の生活環境がガミラス化していて疲れている。考えに柔軟性がなくなって元気がなくなっている。イスカンダル人が、2人だけになったように少子高齢化が進んでいる。生命として劣化が進んでいる。

放射能汚染を除去するためにわざわざイスカンダル星まで装置を取りに行かなくてはならず、しかも生きる意欲があまりないガミラス人と戦わされる。

さっさとサーシャに波動エンジンだけではなくコスモクリーナーの設計図を託ければいいものを、別立てにする。解決手段と解決、つまりスコップと金があって、スコップだけ与えて、金を探すのに苦労させる、というのも、なんとなく、いろいろ勉強してピップエレキバンというコスモクリーナーにありつけるのとまったく同じ構造というか、世の中の仕組みだなと感心してしまった。

しかもヤマトの艦長が祖父をモデルにしているというとあまりにも皮肉だ。沖田十三のナビゲートによってイスカンダル星にコスモクリーナーを取りに行って地球が救われるのと、京都在住だった祖父の家に通い始めて、金属、岩石、神社、磁石というようにコスモクリーナーにありつけて自己救済した、その間ガミラス人と戦うのと、あまり関係ない知識に翻弄されたという、それぞれの相似的構造に驚くばかりである。

いろいろ矛盾点が多いSF作品だが、より良く生きるという意味ではあまりにもうまくはまっている。

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2007年6月 2日 (土)

一人笑い

浦沢直樹氏の講演を聴きに行った。対談の初めの頃、彼の漫画の数コマが紹介された。20世紀少年だっただろうか?

のっぺらぼうが急に出てきたと思うと、禿のいかつい顔のヤングミドルが驚愕するシーンだった。またその様子を見ていた初老の表情が可笑しかった。いまいち言語化できなかったが、今まで人をおちょくり続けた人生の年輪を感じさせる表情だった。

これを見た瞬間、30分間笑いが止まらなかった。周囲で笑っている人はいなかった。端のほうに座って笑い続けた。

浦沢氏は、辛い思いをされて描画されているという。やはりあの表情は辛いらしい。

よくも、あのような表情を描けるなと感心よりもむしろ滑稽さに思いがはせた。確かに凄いことなのだが、お笑いが止まらなかった。

あのような表情を描くのには、長い時間その表情をイメージして、頭の中でくるくる廻して銘記する。まあよくもそのような表情を長時間、頭の中で占有させるのか可笑しかった。あのような表情が頭の中でいっぱいになる。そんな生活ってどういうものだろう?

普段は、げっそり疲れ気味のどちらかといえば無表情の人に取り囲まれた生活をしている中、あそこまで極端に表情を作る人が最近いなくなったよな、と感じたのである。

少なくとも昭和の時代は、喜怒哀楽激しかったような気がした。あの漫画のような表情に出食わすことも多かったのではないのか?

怖かったり可笑しかったり、色々大変だったが、息苦しさと倦怠感は無かった。

そんな、昭和時代の追憶なのか?

最近人の表情を強く感じることはないし、意識的に伺うということも無い。のっぺりしているという感覚で気に留めていない。メリハリをつけた表情をするヒトって珍しい。

あの漫画から、努めて日常生活で、人の表情を観察してみようと思った。

それを紙に描ければ、なおさら楽しいだろう。

そういった中、この講座に集うヒトビトは、表情のメリハリが強いのである。週末を間近にして、そういうメリハリは辛いところがある。滅入ってしまうことがある。

破茶ける笑顔と思いきや、恐ろしい視線を投げかけられたり、わくわくである。

少なくとも昭和の時代には、滅入ることが無かった。表情にメリハリをつけるエネルギーに満ち溢れていた。

最近は、そのようなものが消失している。

取り戻したいのである。

消失を紙に描いて補うというのも漫画の大きな役割か?

私は、リアルに取り戻したいなあ。

話が変わって、創造性の問題だが、シンボリックに新規性が必要だという。本来自分で書きたいものは、すでに描かれているので、いまさら描いてもコピーに過ぎないという。だから体に鞭打って、自分の身体に合わない画風で描かざるを得ないという。

創造するには、自分の身体とかけ離れなくてはいけない宿命にあるという。そうやって排泄されたシンボルが生理的に受け付けられるかという問題である。私は、失礼かもしれないが、困難だと思う。

無理して描いたものが、どうして素直に受け取れるのだろうか?

いやあ、苦労されて描かれましたねえ、さぞ大変だったでしょう、と感心をその都度すれば、覚醒されるのだろう。しかしそこにリズムがあるのだろうか?

どうも、シンボル化されたものには、とっつけないのである。

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