ブログでの読者の方への意識
ブログで匿名をいいことに自分の好き勝手書くのは眉唾物といわれる。他人を意識しないで書いているといずれ発見されて関係者に不愉快な思いをさせる。
マスメディアというのは、好き勝手ではなく、様々な第3者を意識して極力最大限納得いくような内容を表現するものだという。
誰もが満足する表現はありえないという意味で、そういう定義の仕方は、ありえないような気がする。誰かが眉をしかめる。それが孤立した個人であれば問題ないじゃないか、という見解もある。
要するに結束した人々の尻尾を踏まない程度に、ということだろう。
自分のブログの検索方法を告げる相手は、自分にとって利害関係のない方々にしようと心がけている。少しでも何かしらの関係があって葛藤になりそうな方々へは伏せている。
私こういうもの書いているのですけど、よろしければ読んでいただけませんか?
と伝え、お互いこういう気持ちになることあるでしょう、どなたでも、というニュアンスを込めさせていただく。
時と場合によっては、身近な方に発見されてしまうこともある。もろ利害関係にある方々にも、である。
知らないうちにお読みいただいているような空気を醸し出されていることにふと気付く。
でもそれは、私からお読みくださいとお願い申し上げていない、というか言葉は悪いのかもしれないが、勝手にお読みになられている、ことになる。
自分の思いを開放するのだから、利害関係の方々との関係性をほのめかす場合も出てくる。
眉をしかめられることになる。
そうはいうものの、私自身がこのブログに連ねている思いは、誰にでも当てはまるという意味で一般的なモデルである。金銭面の葛藤があれば、それはどんな方でも多かれ少なかれ体験される。
資源や成果の分配にまつわる係争は、古今東西極当たり前である。ないほうがおかしい。
無垢にお金に関心がないのは聖人君主か子供である。
どうもお金の問題は、自分ひとりだけが悩んでいる問題と錯覚してしまうことがある様子だ。
当事者から見て俺のことを言われている、と構えられるが、それは、あなた様だけではなく、この世の中どなたでも該当するのですよ、と申し上げたい。
というわけで、あまりここに書いていいとか悪いとか、というのは問題なく、所詮、誰であれ心に抱いていることを文章にしているだけだからいいではないかと思うのである。
どうなんでしょうね?
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