2008年7月 4日 (金)

体育会系の頭

確かに運動バカというのは、中学生ぐらいから言われていた。何かしら知らないけどあいつは運動バカと優越感に浸っている人もいた。誰が吹き込んだんだろうな。あの国語教師だったのかな?

3SといってGHQが日本人の脳を低下させるためにスポーツ・セックス・スクリーンを流行らせた陰謀だ、なんて言われた。随分それで洗脳されたなあ。スポーツをバカにするという心構えができてしまった。

後大学に入って授業にろくすっぽ出ないでテニスばっかりやっていた奴もいたな。それがうまいんだな。

数十万円の授業料が勿体なくないのかな?と不思議に思った。

大学卒業するぐらいから私もスポーツが好きになって一通りやった。テニス・ゴルフ・スキー。うまくならなかったなあ。要素還元主義と何回も何回も繰り返して体に覚え込ませる主義だから体が壊れてきたし上手くならないしやる気が失せた。

それからしばらく脳の研究と海岸歩行に入れ込んだ。

これらもだいぶ落ち着いてきて、再びゴルフに戻った。でもあの頃の一所懸命さは戻らなかった。適当にやり過ごしていて、まあ体が動かせればいいや、と思ってやっていると、ああやればいいのか、なんとなく判って、そういうものなのか、と納得した。

あまりにもあっけなかったので、そういうコツに気付かせないように世の中出来ているなあ、とあきれた。その思いついたコツはどこにも書いてないし周囲のゴルフの上手いおじさんたちを含め誰も言ってくれなかった。

すると以前は最悪の体育バカ頭をやっていた。幾ら繰り返しても上手くならない練習というのが一番間抜けである。

今思うと体育会系の頭は、その当時と趣が違っている。

動物らしい制御をする脳の持ち主だ、ということである。決して動物だから下等というわけでなく、運動効率から考えると理屈に合っている。

そういう体育会系の脳の持ち主は、別に勉強しなくても、平気なんだよね、ということがある。彼らは群れていて互助社会でくいっぱぐれがない様子だ。そういう一団がいたなあ、という記憶が残っている。

学校で勉強しなくても、群れの中で誰かに教わる、最初から教師の言うことは頭に入らないもの、と割り切っているようだった。

俺高校しか出てないバカなんだよね、という、おじさんがいた。

結局は、別に大学行かなくても充分生きて行けるコネと素養はあるんだ、という自慢しいである。

彼らは、酒飲みながら勉強するらしい。酒場が学校だ。

人生最初からそういう群れに入っていないと上手くいきそうもない。

体育会系の頭、は自慢しいである。

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2008年7月 3日 (木)

ミラーニューロンとスポーツ

運動をしている人と見ている人は、同時に脳の同じ部位が発火するミラーニューロンだが、スポーツにもこの原理があてはまれば、すぐに上達するはずである。

中南米のサッカー少年やアメリカのバスケット少年は、周囲の子供たちのプレイから見よう見真似で知らないうちにあのリズミカルなボール捌きを覚える。ほとんど平等にすべての子供たちがあのようなリズミカルな運動能力を習得するようである。

そのままミラーニューロンが使える。

逆に日本では、スポーツは押しなべて、意識的に繰り返し繰り返し体に覚えこませようとする。そこには孤独と苦痛がある。鍛錬とか努力とか根性である。結果的に、ある人はうまくなったりある人はうまくならない。ばらつきがあって、不平等とか不平感、不満、葛藤に結びつく。

ミラーニューロンをうまく活用できていない。お互い調和せず、てんでんばらばら、自閉症的な振る舞いを強いられるのである。

そういうものが漫画化されて日本の青少年に受けるらしい。

そういう学校に子供を入れたくなるか?

またモンスターペアレンツになってしまう。

そういうミラーニューロン動作不能からくる葛藤ものを中国の子供たちに受けるのだろうか?

あの煮え切らない葛藤に満ちたせりふをうまく中国訳できるのか?甲高い四声のラップの中国語でどろどろした葛藤場面が再現されるのか?

どうやら別の話、つまりコメディーとかスノッブな笑い話で受けているのでないかと創造した。

日本での受け取り方と中国でのものとはまるきり違うのではないか?

中国でも卓球が国技になるように盛んだが、リズミカルに覚えていくのではないか?

努力根性我慢ではないだろう。

バスケットでも、サルがバナナを取ったり、カラスがえさをついばむような関節の使い方を簡単に覚えていくだろうから、孤独にも繰り返し・繰り返し体に覚えこますことも、うまくなるかならないからの葛藤も生まれないはず。

だからほとんど彼らにとって現実感がない実感に乏しい寓話を甲高い四声で読誦して笑っているのではないかと推測される。

こういったものが知的財産になるのか?

そこで著作権の話とかマナーが出てくると、なんとなく違和感を覚える。

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2008年7月 2日 (水)

スポーツ根性漫画について

まだ読んだことがないスラムダンクについて知ろうとグーグルで検索するとスラムダンク名言集を見つけた。

http://www6.ncv.ne.jp/~kakehasi/suramudannku.html

こういう情報からおおよそどういうストーリーなのか推測してみた。

オヤジの栄光時代はいつだよ・・・・

全日本のときか?

オレは・・・・・・・・

オレは今なんだよ!!

とりあえず君は日本一の高校生になりなさい

下手糞の上級者への道のりは己が下手さを知り手一歩目

基本がそれほど大事かわからんのか!!

ダンクができようが何だろうが

基本を知らん奴は試合になったら

何もできやしねーんだ!!

本物のシューターは

練習によってのみ作られる!!

あくなき反復練習だけが

シュート成功率をアップさせるのだ!!

常にフォームをチェックしろ!

今が一番大事なときなんだ!!

間違ったフォームで練習してても

うまくならん!!

とにかく反復だ

くり返しくり返し同じことをやって

体に覚えさせるしかない!!

日本一の選手ってどんな選手だと思う・・・

きっとチームを日本一に導く選手だと思うんだよな

オレはそれになる

                                  

一歩も引く気はねーぜ

しっかりしろォ!!

流れは自分たちでもってくるモンだろがよ!!

こういう展開でこそオレは燃える奴だったはずだ

これらの名言でおおよそ推測できる。

栄光とか日本一とか下手糞とか上級者、本物というように自分の立ち位置を強く意識している。

栄光は儚いもの。持続しない→楽しめていない。

苦痛を伴った反復練習。進歩・進化主義。

努力辛抱根性。

リズムや躍動感の喪失。関節をうまく使えていない。

描写がスタティック。

こういう姿勢でバスケがうまくなるのか。

アメリカに行くとガレージで少年たちがバスケットに興じているのを見るとスラムダンクの世界とはまったく違う。

リズムに乗って踊りながらボールを操っている。楽しそう。身体全身で運動の心地良さを満喫しているのである。

中南米のサッカー少年も同じである。彼らは踊っている。

幾ら層が厚くてプロへの道は厳しいといっても、彼らほとんどは体感で楽しむことを知っているのだろう。

翻って日本は、なんとか道になって苦行鍛錬の場になってしまう。

人間同士の葛藤が付きまとって体感でリズミカルに楽しめない。

目が血走って、ちゃんばら極道ものになってしまう。

こういうようになるとモンスターペアレントになって学校に怒鳴り込みたくなるが、社会の要請だから仕方がないのか?

こういうストーリを中国人はどう思うのだろうか?

当局はどうなんだろう。

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2008年5月18日 (日)

書道と絵画とゴルフ

個人での営みというのは、すべて共通しているようだ。字を書いたり絵を描いたりクラブを振ったりすることは、かなり難しく、上達するためにかなりの鍛錬が必要とされるが、いずれも外せないポイントがあるようだ。

それは、営みによって息苦しくならないことである。息苦しさによってうまくいかない。

一つ一つの動きに目標があって、それぞれチェックしながら次の営みにつなげるという行為が間違っている。これをやると神経を消耗して身体が硬直する。

だからいわば適当に身体を動かせば良いということになる。筆でもペンでもクラブでもリズムに乗ってあ出たり下げたりすればいい。振り上げる段階でああだ、下ろすときにこうだ、というようにいちいちチェックしていたらうまくいかない。

とかく適当に何も考えずにあげて下ろすを繰り返す。

握ったら握り具合をいちいち感じていないで素早くあげればよい。

結果がうまく良くかいかないか気にしないでひたすら上げさげを繰り返し最適なリズムを覚え、そういう心地よい状態で微調整を重ねれば良いという。

いちいち感じていると呼吸が止まって神経活動が鈍くなって身体が硬くなる。

こうれを繰り返すからいつまでたってもうまくならない。

こういうのを居付くというらしい。

タレントの清水圭さん似の高名な武道家の同じ姓名の方と始めてお会いしてゴルフのミニコースをご一緒した。

やはり彼のご祖父の兄弟の息子さんにあたるご親戚だった。

武道家の流れを汲む美しいスイングをされていた。

なお更、スイングで居付かないように意識した。

いいときは良くてダメなときはダメとはっきり分かれた。

そういう良し悪しを繰り返していけば、ある程度のところまでいけそうというような目処が立った。

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2008年5月11日 (日)

寒い週末

昨日と今日は、寒くて、なんだか頭がうまく働かないというか、変な感覚だった。

磁石のおかげで、不安はないんだけど、何が得る気も起こらないしやる気も起こらない。

昼から雨が止みそうだからゴルフの練習に行った。

身体が冷えているようで、球が当らない。感覚が途中で途切れてしまうような、生まれて初めての感覚だった。握っただけで、今まで経験したことないような感じがして、このあとどうすればいいのかパニックになる。

そういう時は、悔しがっても仕方がない、と諦めた。

冷やさないように、身体を締め付けるようなスパッツを着用すればいいのかも。

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2008年2月 5日 (火)

無限に深い構造

この世に探求するものってあるのか?

無限に深い構造しているものってあるのか?

師匠の言われるように多少考えれば判るものではないか?

イチローのバッティングもたゆまない探究心によって培われたと言われる。

常に本物を求めることを追求したゆえに獲得された果実といわれる。

本当か?

幾ら無限に深い構造をしていたとしても、何かしら通過儀礼として理解しておかないといけないものがあるはず。

その理解がないと、先に進めない臨界点がある。

必要条件を欠いたコンテキストでは記憶できないようにバッティングも基礎を知らないと発展しない。

チチローから秘伝の技を受け継いだに違いない。

これなしではあり得ない。

今のイチローは、小学生のときに出来上がっていたのではないか?

誰でも小学生のイチローはやろうと思えば出来るはずである。

意識による制御によってなされるのであるからコピー可能である。

まねできないことはあり得ない。

決して理解という準安定点があるのではなく、安定点はある。

メキシカンハット型ポテンシャルの頂点ではなくくぼみという理解があるはずである。

むしろ目が点になるということこそ帽子の頂点にあってどちらに行くか判らない。

8割方は出来ていて、後の2割を探求している。

まずは、8割方という知識を理解しない限り、幾ら探求しても徒労に終わる。

8割方を得るのに探究心を極めるというのは野暮ではないのか?

と先生はまかりなりにも書けないでしょうね。

情報と情報化の話がありました。

イチローの凄いバッティングは情報として提示されますが、イチローのバッティングをするためのノウハウ、つまり情報化は闇の中ですね。

先生は、情報化を隠蔽して情報だけを開示する。

情報ばかり頂いてもどうやって役に立てるのですか?

こういうことは正しいのか誤っているのか判りません。

誰かに伝授されたら口を噤むけど自分で想像した仮想世界だから言ってもいいでしょう。

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2008年2月 4日 (月)

目が点

顔の表情が豊かなのに目だけが点になっている様子というのはチャーミングである。

頬を弛ませて視線をオブジェクトに集中させる。

萌えて来る。

こういうのを科学的視点というのだな。動きを分解して凝視する。

そうやれば、相手の本音も心うちも判るらしい。

でもイチローは、違うらしい。

ボールを凝視しない。

目を点にしないらしい。

点にしたら駄目じゃないですか、となる。

イチローのバッティングを科学的に解剖して理解しようとしたが、あっさり一蹴されるのである。

凝視したら身体が硬直してボールにうまく合わせられない。

スポーツマンと、典型的な科学屋さんとのものの見方が違う。

相手を凝視して一点を見つめるのではなく、相手と同じように舞踏する。

こぷすることによって相手を自分のリズムに引き込んで、ぴったりとボールを捉える。

たぶんバッティングもゴルフと同じコツなんだろう。

イチローは左打席だからこういう手順で打つのだろう。

まずは、右腕に血を通わせるために、センター方向に差し出して戻す。

これから左腕に持ち替える。

この持ち替えは、投手のリズムに合わせるのだろう。

そしてボールを打つ瞬間、緩んでいた右腕をぎゅっと握り締めて、バットに加速度をつける。

そのタイミングでボールが当たると強打して、内野手の間を抜けていく。

相手の投手を凝視して目を点にさせたらその瞬間力が入って、ボールを打つ頃には、消耗して力が入らない。

コンベンショナルな科学的アプローチでは、ボールは打てない。

目を凝視させてバッティングフォームをコマ送りにして分解しても打てるようにはならない。

だから、そういう要素還元的な見解は役に立ちそうで立たないから、くだらないのである。