ネットは空しいか?
私もネット中毒者というように多くの時間をネットで過ごすが、見直したほうがいいのではないか?というお達しを頂いた。
ネットを通じて他者と議論するのは、何となく結ばれていて孤独感を解消するような気分になる。私も数人の方々と議論をさせて頂き、何となく生産的な活動をしているように思っている。夜勤ですか?ともいわれた。仕事したつもりになっている。
実は、これは嘘だったということが濃厚だ。結ばれているのも錯覚であり幻想である。殆ど実を結ばない。
実を結ぶのは、フェース・ツー・フェースの生身の人間関係であろう。会社、地域社会、恋人、友人、生身の人々の関係によって生計の種が生まれるのである。
ネットに期待をしていたが、どうやら、期待できないと見ていいみたいだ。
どうも、生産者のほうが強くて使用者は弱い。
使ったら最後お仕舞い、という感がある。
設備には投資していないけど、時間を消費してしまった。
致命的な失敗を犯した。
ネットを捨てて街へ出よう。
でも結構ネットって間が持てるし、私の場合は文章を書くのが好きだから、有意義な時間をすごしているように思える。
こういうものを日々残していけば、生きてきたんだなあ、と実感できる。
判りづらいという評判を頂いている私の文章だが、私は、こういう文章を書いていて気持ち良くなる。読んでいただける相手のことは殆ど意識していない。好き勝手文字列を並べている。
思い浮かんだアイディアの整理である。
かえって他人に理解されないほうがいいこともある。
めちゃくちゃ訳判らないことを書いているとスルーされたほうがいい。
まあスルーしないでね、という気分もあるが、気持ち半ばというところである。
これらを生のご相手に面と向かい口で説明して差し上げると、殆ど理解していただける。つじつまがずれていることは決してない。話せば判っていただけるのである。
またネットにおけるお相手なのだが、選択している。読んでみて自分の頭に入ってくるものを、読み続ける。実際にお会いしたら、お互い理解しやすい方々だろうと思う。
幻想とか仮想現実といわれるネットでも実際の生の現実とも繋がっている。
どうなんだろう?
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