携帯撤退
中国の歴史で、文字を複雑にしたために滅んでしまった王朝があることを思い出した。
中国の周辺少数民族がたまたま覇権をとってメジャーな漢民族を凌駕したのだが、コンプレックスがあったらしく、自分たちの文化が高いのだ、というはったりをかますために公用文字をより複雑に定義することにしたらしい。漢字を更に複雑にした四字熟語を一つの文字にしたような代物を使わせることにしたという。
すると意思疎通が難しく統治不能となったらしい。ワーキングメモリの理論からみても記憶することが不可能で執務に相当ストレスがかかったのだろうと推測される。そういうことばかりに目が行って、肝心の公共サービスが行き届かず各地で反乱が起きて滅びてしまったという。
どうも日本の携帯産業もこれと同じような趨勢ではないかと思う。
日本人は手先が器用で我慢強く技術力があることを誇りに思ってそれを固執したがために複雑で高コストの機能を盛り込んだ。すると世界に通用しない代物が出来上がってしまった。
小さいボタンで息を凝らしながら操作をする芸当は日本人特有なものだろう。
日本人の特殊な感覚が世界に受け入れられなかったようだ。
世界に先駆けて携帯電話にインターネット機能やカメラ機能を盛り込んだものの、更に複雑化させ様々なサービスを盛り込んだがゆえに世界がついていけなかった。
感覚的生理的にそういう機能を使いこなすのは日本人だけということになった。
世界に人にとってちょっと話したりインターネットで調べごとが出来ればいいのである。
すると自ずとマーケットが狭くなって高コストで大型投資をしたものの回収不能に陥ってしまった。
努力・辛抱・根性・勤勉という日本人の美徳があるからこそ、開発できて使うのだろう。どうも我慢してしまっているようだが、残念ながら世界の人々はそれほど我慢して使わない。
世界の人は、一人ケータイに向かって操作をするということはあまりせず、仲間と群れてワイガヤしているか黙って佇んでいる。
そういう文化特性を考慮に入れないで大型投資するからそういうような失敗をするのだろう。
自分の世界にこもって一人で生きていきたい(誰にも干渉されずに勝手に過ごしたいという本音)という日本独特の文化が世界に通用しなかったといえよう。
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